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アバロスプラス株式会社

『野蛮なアジャイル』 天野祐介 著/翔泳社

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はじめに

「はじめに」全文公開

優秀なメンバーが集まっている。誰もが真面目に仕事へ取り組んでいる。それなのに、プロジェクトはいつもギリギリ。良いものを作りたいのに、時間がない。改善したいのに、余裕がない。誰も悪くないのに、ため息だけが増えていく。

なんとかしたい。その一心で本を読み漁り、勇気を出して改善策を提案してみる。すると今度は、チーム内から反対意見が噴出する。

「会議が増えるのは困る」「うちの事情は特殊だから、教科書通りにはいかないよ」。味方になってくれるはずの上司も、「まあ、無理のない範囲でね」と及び腰。本に書いてある通りに進めているはずなのに、なぜかうまくいかない。気づけば、自分一人が空回りしている。

「こんなにうまくいかないのは、何かが根本的におかしいんじゃないか?」

もし一度でもそう感じたことがあるなら、本書はあなたのための本です。

2009年、私はエンジニアとしてサイボウズ株式会社に新卒入社し、やがて社内で初めて「スクラムマスター」と呼ばれる役割に就きました。そして、アジャイル開発の考え方を取り入れ、その代表的な枠組みの一つであるスクラムを軸に、従来の開発プロセスやチームの働き方を変えようと試行錯誤してきました。本書は、そんな私がこの会社で過ごした十六年間の、泥臭い実践の記録です。

先に白状しておくと、これは華々しい成功の物語ではありません。十六年を振り返ると、いくつもの迷走、葛藤、衝突、そして失敗が転がっています。

そのため本書は、体系的な知識やベストプラクティスを学べる本ではありません。これから語る物語は、あくまで私自身が見てきた景色に基づいており、私個人のものの見方に偏っています。本書が提供できるのは、「一人の人間が正解のない状況にどう向き合い、考え、行動してきたか」という、一つの実践例に過ぎません。

ただし、その中身には可能な限り、当時の雰囲気や熱を閉じ込めました。迷ったときに何を考えていたか、葛藤の中で何を支えにしていたか、その手触りごと持ち帰ってもらえるように書いたつもりです。

繰り返しますが、本書には、あらゆる現場に適用できる明確な理論体系や万能の解決策は書いてありません。しかし、かつての私と同じようにもがいているあなたへ、この地続きの世界で「本当に起こった物語」を追体験してもらうことはできるはずです。

野蛮さとは?

さて、本書のタイトルは『野蛮なアジャイル』です。

「野蛮」という言葉を辞書で引くと、「無教養で粗野なこと」と書かれています。この言葉には、粗野で理性に欠けるという否定的な響きがあるかもしれません。しかし、本書でいう「野蛮さ」とは、理性を捨てることを意味するものではありません。

アジャイル開発のフレームワークであるスクラムの着想源となった論文1を著した野中郁次郎先生は、現代ビジネスにおいて「知的バーバリアン(知的野蛮人)」というリーダー像を提唱しています。書籍『野性の経営』では、知的バーバリアンについて次のように述べられています。

アートとサイエンス、主観と客観、感性と理性、非認知スキルと認知スキル、直観と分析、アナログとデジタルを統合できる人物が、いまこそ求められている。そうした「知的バーバリアン」は、思索者としてどこまでも深く考える冷静な頭脳と、実行者として自らの五感や身体を駆使し、温かい心によって、抽象的理論と個人的感情の両極間の動的バランスをとって実践する人物である。

出典:『野性の経営』より引用(野中郁次郎/川田英樹/川田弓子 著、KADOKAWA)

つまり、理屈やデータだけで判断するのではなく、身体を使って学び取り、直感や洞察を重視する「知性と感性の両輪」を発揮するリーダー像です。

私がこの概念に出会ったのは、2021年1月。Regional Scrum Gathering Tokyo(RSGT)というカンファレンスのクロージングキーノートで、野中先生ご本人の講演を聞いたときです。コロナ禍の真っ只中、先生はメイン会場とは別に用意された部屋から、画面越しに何百人もの参加者へ語りかけることになっていました。幸運なことに、私は数名の参加者とともにその別室へ入ることを許され、先生の目の前に座っていました。

魂を揺さぶられるような講演の締めくくりに、先生は語りました。二項対立を絶えずバランスさせる「知的バーバリアン」、知的野蛮人。こういう人が今必要なんじゃないか、と。その言葉を聞いた瞬間、雷に打たれたような感覚がありました。教科書から外れることを恐れながら、それでも信じたことをやり続けてきた自分の泥臭い試行錯誤。あれはまさに、このあり方の探求だった。バラバラだった記憶が、一本の線でつながった瞬間でした。

理性では乗り越えられない状況でも、自分の中にある信念を拠り所に、一貫した姿勢で行動を貫く。その原動力となる心のあり方を、本書では「野蛮な心」と呼んでいます。

ただし、これはあくまで出発点の定義です。物語が進むにつれ、野蛮さは一つの形にとどまらず、その姿を変えていきます。

すべての始まりは2009年6月。東京・上野のとある漫画喫茶の窓のない狭いブースからです。スーツ姿の新卒エンジニアが、平日の昼間、そこでいったい何をしていたのか。ページをめくって、確かめてください。

さあ、始めましょう。

続けて試し読むプロローグを読む2009年6月、東京・上野。すべては漫画喫茶から始まった。

注

  1. 野中郁次郎氏が竹内弘高氏とともに1986年に発表した論文「The New New Product Development Game」。日本企業の俊敏な製品開発を、チームが一体となってボールを運ぶラグビーになぞらえたもので、ジェフ・サザーランド氏とケン・シュウェイバー氏がこの論文に着想を得てスクラムを考案しました。 ↩